
明治天皇
めいじてんのう 1852–1912 / 明治・天皇・皇族
近代日本の歩みを象徴した天皇基本データ
- よみ
- めいじてんのう
- 生没年
- 1852–1912
- 諱
- 睦仁(むつひと)
- 系譜上の地位
- 第122代天皇
- おもな地位・役職
- 近代日本の元首とされた天皇(在位1867〜1912年)
- 象徴した時代
- 明治という一世一元の時代
どんな人?
明治天皇(めいじてんのう)は、幕末から明治にかけて在位し、近代日本の歩みを象徴した第122代天皇です。1852年に生まれ1867年に即位し、1868年の明治維新では五箇条の御誓文を神々に誓う形で新政府の方針を示しました。
1871年には廃藩置県の詔を発し、天皇中心の中央集権体制を確立。1889年には大日本帝国憲法を発布し、その主権者となりました。1894年の日清戦争では開戦・講和の詔勅を発するなど、近代国家形成の節目に立ち会いました。
伊藤博文や大久保利通ら明治の政治家が推し進めた近代化を象徴する存在として、その治世は日本の大きな転換期となりました。1912年に崩御し、明治時代が幕を閉じました。
おもな業績・つくったもの
- 五箇条の御誓文を発布(1868年)1868年、新政府の基本方針として「広く会議を興し万機公論に決すべし」など5か条を天皇の名で発布し、開明的な政治姿勢を示した。
- 廃藩置県で中央集権体制を確立(1871年)1871年、藩を廃して府県を置く廃藩置県が実施され、藩ごとに分かれていた統治を天皇のもとの中央政府に一本化する体制が確立された。
- 大日本帝国憲法を発布(1889年)1889年、天皇が定めて国民に与える欽定憲法として大日本帝国憲法を発布。天皇を主権者とする立憲国家の基本法となった。
- 第一回帝国議会を開設(1890年)1890年、憲法にもとづき貴族院と衆議院からなる帝国議会が開かれ、日本初の国会が発足した。
生涯のあゆみ(年表)
- 1852皇子として誕生する。
- 1867父の孝明天皇の跡を継ぎ、天皇として即位する。
- 1868王政復古と明治維新の中で、新政府の象徴となる。解説を見る →
- 1871廃藩置県など中央集権化が進む時代の天皇となる。解説を見る →
- 1889大日本帝国憲法が天皇の名のもとに発布される。解説を見る →
- 1890帝国議会が開かれ、憲法下の元首としての立場が定まる。解説を見る →
- 1894日清戦争の時期の天皇として在位する。解説を見る →
- 1911関税自主権の回復など条約改正の完成を迎える。解説を見る →
- 1912死去し、明治の時代が終わる。
豆知識
慶応4年=明治元年
明治天皇の即位に伴い1868年は途中で改元され、慶応4年と明治元年は同じ年になった。この年に五箇条の御誓文が示され新政の方針が定められた。
元号がそのまま追号に
明治天皇は、在位中の元号「明治」をそのまま追号とした最初の天皇とされる。一世一元の制のもとで、天皇と時代の名が結びつく形が定着した。
人物相関
明治天皇
よくある質問
明治天皇は何をした人?
第122代天皇で、明治維新から明治期を通じて在位した天皇です。その治世には大日本帝国憲法の発布や帝国議会の開設、条約改正など、近代日本の枠組みが整えられていきました。
明治天皇の在位中に起きた主な出来事は?
在位中には、明治維新、廃藩置県、大日本帝国憲法の発布、帝国議会の開設、日清戦争、条約改正の完成など、近代日本の骨格をつくる出来事が相次ぎました。
一世一元の制とは何ですか?
一人の天皇の在位期間に元号を一つだけ用いる制度です。明治天皇の時代から本格的に採られ、以後、天皇の代替わりと元号の切り替えが対応するようになりました。