
聖武天皇
しょうむてんのう 701–756 / 奈良・天皇・皇族
東大寺の大仏を造らせた天皇基本データ
- よみ
- しょうむてんのう
- 生没年
- 701–756
- おもな地位
- 第45代天皇
- 父
- 文武天皇
- 母
- 藤原宮子
- 妻
- 光明皇后(光明子)
- 子
- 孝謙天皇(阿倍内親王)
どんな人?
聖武天皇(しょうむてんのう)は、奈良時代に東大寺の大仏造立を進めた第45代天皇です。仏教に深く帰依し、天平文化を代表する天皇として知られます。
社会不安が続くなか、仏教の力で国を安んじようと国分寺建立の詔や大仏造立の詔(743年)を発しました。同じ743年には墾田永年私財法も定められています。東大寺大仏の開眼供養が行われた752年には、聖武天皇はすでに位を譲って上皇となっていました。
おもな業績・つくったもの
- 墾田永年私財法を制定(743年)新たに開墾した土地の永久私有を認めた。公地公民の原則を崩し、後の荘園発達につながる転機となった。
- 大仏造立の詔を発する(743年)仏の力で国を守る鎮護国家の思想から盧舎那仏の造立を命じた。国家の総力を挙げた一大事業となった。
- 国分寺建立の詔を発する諸国に国分寺・国分尼寺を建てるよう命じた。仏教の力で国家の安泰を図る鎮護国家政策の柱となった。
- 東大寺の大仏(盧舎那仏)を造立、752年に開眼供養行基の勧進で民衆を動員し高さ約15mの大仏を完成させた。752年の開眼供養は国際色豊かな大法要となった。
生涯のあゆみ(年表)
- 701文武天皇の皇子として生まれる
- 724即位する
- 741国分寺・国分尼寺の建立を命じる詔を出す
- 743大仏造立の詔と墾田永年私財法が出される解説を見る →
- 752上皇として東大寺大仏の開眼供養に臨む解説を見る →
- 756死去する
ゆかりの地
東大寺奈良県聖武天皇の発願で盧舎那仏(大仏)が造立された寺で、世界遺産
正倉院奈良県聖武天皇の遺愛品などを納めた東大寺の宝庫で、天平文化を今に伝える
豆知識
大仏に沸いた「黄金発見」
聖武天皇の大仏は当初、金メッキで金色に輝いていた。749年に陸奥で金が発見されると天皇は大いに喜び、この産金が大仏完成を後押ししたと伝わる。
仏教で国を守ろうとした
天然痘の流行や政変が相次ぐ中、聖武天皇は仏教の力で国家を鎮めようと743年に大仏造立を宣言。信仰にすがるほど時代は不安定だった。
遺品を納めた正倉院
聖武天皇の死後、光明皇后が天皇の遺愛品を東大寺に奉納し、それが正倉院宝物の中心となった。シルクロードを経た品も含まれる。
人物相関
聖武天皇
よくある質問
聖武天皇は何をした人?
奈良時代の天皇で、仏教の力で国を安んじようと東大寺の大仏造立や国分寺建立を進めました。天平文化を代表する天皇で、墾田永年私財法もその治世の743年に定められています。
聖武天皇はなぜ大仏を造ったの?
天然痘の流行や貴族の反乱など社会不安が続くなか、仏教の力で国家を安定させようとしたためです。743年に大仏造立の詔を発し、752年に東大寺で大仏の開眼供養が行われました。