
太安万侶
おおの・やすまろ ?–723 / 奈良・公家
古事記を編纂した官人基本データ
- よみ
- おおの・やすまろ
- 生没年
- ?–723
- おもな地位・役職
- 官人(古事記の編纂者)
- 氏族
- 多氏(太氏)
どんな人?
太安万侶(おおの・やすまろ)は、奈良時代の官人で、『古事記』を書き記した編纂者です。元明天皇の命を受け、稗田阿礼が語り伝えた内容を漢字で記録し、712年に古事記を完成させました。1979年に奈良市の茶畑で墓誌が発見され、その実在が確認されたことでも知られます。
おもな業績・つくったもの
- 古事記を編纂・完成(712年)元明天皇の命を受け、712年に古事記を撰上・完成させた。現存する日本最古の歴史書とされる。
- 稗田阿礼の誦習を漢字で筆録稗田阿礼が口伝で記憶した旧辞・帝紀を、漢字で書き起こして記録するという方法で古事記をまとめた。
生涯のあゆみ(年表)
- 712元明天皇に古事記を撰上し完成させる解説を見る →
- 723死去する
ゆかりの地
太安万侶墓奈良県1979年に墓誌が発見された墓
豆知識
1979年に墓が発見
太安万侶は実在を疑う説もあったが、1979年に奈良市の茶畑で墓誌が偶然見つかり、実在と没年(723年)が確認された。現在は重要文化財である。
人物相関
太安万侶
主君元明天皇古事記編纂の協力者稗田阿礼
よくある質問
太安万侶は何をした人?
奈良時代の官人で、『古事記』を書き記した編纂者です。元明天皇の命を受け、稗田阿礼が語り伝えた内容を漢字で記録し、712年に古事記を完成させました。
古事記はどのように作られた?
天武天皇が編纂を命じたことに始まり、稗田阿礼が誦習した内容を、太安万侶が漢字で書き記す形でまとめられました。712年に元明天皇へ撰上され、現存する日本最古の歴史書とされます。
太安万侶の墓が発見されたのはいつ?
1979年、奈良市の茶畑で墓誌が偶然発見されました。これにより長く不確かだった実在と没年(723年)が確認され、墓誌は重要文化財となっています。