
持統天皇
じとうてんのう 645–703 / 飛鳥・天皇・皇族
藤原京を営んだ女帝基本データ
- よみ
- じとうてんのう
- 生没年
- 645–703
- 別名
- 鸕野讚良皇女(うののさらら)
- おもな地位
- 第41代天皇
- 父
- 天智天皇
- 夫
- 天武天皇
- 子
- 草壁皇子
- 孫
- 文武天皇
どんな人?
持統天皇(じとうてんのう)は、飛鳥時代に藤原京を営んだ女帝です。天武天皇の皇后で、672年の壬申の乱を夫とともに戦いました。
天武天皇の没後に即位し、飛鳥浄御原令の施行や694年の藤原京への遷都を実現しました。これらの政策は、701年の大宝律令の制定へとつながり、律令国家の完成に大きく貢献した天皇です。
おもな業績・つくったもの
- 夫・天武天皇とともに壬申の乱を戦う(672年)皇位継承をめぐる古代最大の内乱で夫・大海人皇子(天武天皇)を支えた。勝利により天皇権力が飛躍的に強化された。
- 飛鳥浄御原令を施行天武天皇が着手した最初の令を、その死後の689年に施行した。律令国家の確立に向けた先駆けとなった。
- 藤原京へ遷都(694年)条坊制を備えた日本初の本格的な都城・藤原京に都を移した。律令国家にふさわしい恒久的な都づくりを進めた。
生涯のあゆみ(年表)
- 672夫・天武天皇とともに壬申の乱を戦う解説を見る →
- 690天武天皇の没後に即位する
- 694藤原京へ遷都する
- 703死去する
名言
「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山」
持統天皇の作とされ、百人一首の序盤を飾る名歌
ゆかりの地
藤原宮跡奈良県持統天皇が営んだ本格的な条坊制の都・藤原京の中心があった場所
豆知識
夫・天武の事業を継いだ女帝
持統天皇は壬申の乱を制した天武天皇の皇后で、夫の死後に即位。律令の整備や本格的な都づくりなど、天武が始めた国家事業を引き継いで完成へ導いた。
百人一首を代表する一首
「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山」は持統天皇の作とされ、百人一首の序盤を飾る名歌として今も広く親しまれている。
日本初の火葬された天皇
持統天皇は天皇として初めて火葬に付されたと伝わり、夫・天武天皇と合葬されたとされる。
人物相関
持統天皇
よくある質問
持統天皇は何をした人?
飛鳥時代の女帝で、天武天皇の皇后でした。壬申の乱を夫とともに戦い、天武の死後に即位。飛鳥浄御原令の施行や694年の藤原京遷都を実現し、律令国家の完成につながる政策を進めました。
持統天皇と天武天皇はどんな関係?
持統天皇は天武天皇の皇后で、父は天智天皇にあたります。壬申の乱を夫とともに戦い、天武の死後はその国家事業を引き継いで完成へ導きました。