
天武天皇
てんむてんのう ?–686 / 飛鳥・天皇・皇族
壬申の乱に勝った天皇基本データ
- よみ
- てんむてんのう
- 生没年
- ?–686
- おもな地位・役職
- 天皇(第40代とされる)
- 皇后
- 後の持統天皇
- 即位のきっかけ
- 壬申の乱に勝利
どんな人?
天武天皇(てんむてんのう)は、672年の壬申の乱に勝って即位した飛鳥時代の天皇です。律令国家の建設を進め、その一環として歴史書の編纂を命じました。
この編纂事業は、712年に完成した『古事記』、720年に完成した『日本書紀』へと結実しますが、天武天皇自身は完成を見ることなく686年に崩御しました。
おもな業績・つくったもの
- 壬申の乱に勝利し即位(672年)672年の壬申の乱で大友皇子を破って即位。天皇を中心とする律令国家の建設を進めたとされる。
- 八色の姓を制定(684年)684年に真人・朝臣など8種の姓を定め、豪族の身分秩序を再編。皇室を頂点とする新たな序列づくりをめざした。
- 古事記の編纂を命じる歴史書の編纂を命じたことが古事記のはじまりと伝わる。完成は崩御後、約30年後の712年にずれ込んだ。
- 律令国家の建設を進める天皇を中心とする律令国家の体制づくりを推進し、後の国家体制の基礎となる改革を進めたとされる。
生涯のあゆみ(年表)
- 672壬申の乱に勝利して即位する
- 684八色の姓を定めて豪族の身分秩序を整える
- 686崩御する
豆知識
古事記編纂を命じた天皇
古事記は天武天皇が681年ごろに編纂を命じたことに始まる。天武の崩御で中断し、完成・献上は約30年後の712年、元明天皇の代までずれ込んだ。
壬申の乱を制した大海人皇子
天武天皇は即位前、大海人皇子と呼ばれた。天智天皇の弟にあたり、壬申の乱で甥の大友皇子を破って皇位に就いた。
人物相関
天武天皇
よくある質問
天武天皇は何をした人?
672年の壬申の乱に勝って即位した飛鳥時代の天皇です。天皇を中心とする律令国家の建設を進め、八色の姓の制定や歴史書編纂の開始など、後の国家体制の基礎となる改革を推し進めました。
壬申の乱とは?
672年、天智天皇の死後に起きた皇位継承をめぐる争いです。天智天皇の弟である大海人皇子が、子の大友皇子を破って勝利し、天武天皇として即位しました。
八色の姓とは?
684年に天武天皇が定めた身分制度で、豪族に真人・朝臣など8種の姓(かばね)を与えて序列を再編したものです。皇室を頂点とする新しい身分秩序づくりをめざしました。