
北条時政
ほうじょう・ときまさ 1138–1215 / 鎌倉・武将・大名
初代執権・北条氏の祖基本データ
- よみ
- ほうじょう・ときまさ
- 生没年
- 1138–1215
- おもな地位・官職
- 鎌倉幕府初代執権
- 出身
- 伊豆国
- 氏族
- 北条氏(桓武平氏を称する)
- 娘
- 北条政子
- 婿
- 源頼朝
どんな人?
北条時政(ほうじょう・ときまさ)は、鎌倉幕府の初代執権となり、北条氏繁栄の礎を築いた武将です。伊豆の武士で、娘・政子が源頼朝の妻となったことから頼朝の岳父として重んじられました。
1185年の平氏滅亡や1192年の頼朝の将軍就任を支え、頼朝の死後には幕府の実権を握って初代執権となりました。ここから、執権として幕政を主導する北条氏の時代が始まります。
おもな業績・つくったもの
- 鎌倉幕府の初代執権となる頼朝の死後に幕府の実権を握り、初代執権となった。以後、北条氏が執権として幕政を主導する時代が始まった。
- 娘・政子が源頼朝の妻となり岳父として台頭伊豆の武士だった時政は、娘・政子が源頼朝の妻となったことで頼朝の岳父として重んじられ、台頭した。
- 頼朝の死後に幕府の実権を掌握1199年の頼朝の死後、有力御家人として幕府の実権を握った。これが北条氏による執権政治の出発点となった。
- 執権として北条氏繁栄の礎を築く初代執権として幕政を主導し、以後長く続く北条氏繁栄の礎を築いた。実権はのちに子の義時へ移った。
生涯のあゆみ(年表)
豆知識
初代執権となる
時政は娘・政子を源頼朝に嫁がせ、頼朝の死後は幕府の実権を握って初代執権となった。以後、北条氏が執権として鎌倉幕府を主導していく。
執権の座を追われる
時政は晩年、後妻をめぐる政変で子の義時・政子と対立し、執権の座を追われて伊豆に隠退したと伝わる。北条氏の主導権は義時へと移った。
人物相関
北条時政
よくある質問
北条時政は何をした人?
鎌倉幕府の初代執権となり、北条氏繁栄の礎を築いた武将です。娘・政子が源頼朝の妻となったことから頼朝の岳父として重んじられました。
初代執権になれたのはなぜですか?
娘・政子を源頼朝に嫁がせて頼朝の岳父となり、頼朝の死後に幕府の実権を握ったためです。以後、北条氏が執権として鎌倉幕府を主導していきます。